2012年9月16日日曜日

築地


「変わらないということ」

 阪急河原町駅から北へ歩いて5分もかからない。河原町通りと木屋町通りの間にある、昭和9年創業の喫茶店。2階の外窓についたランプの光に誘われるように樫製の扉を開けると、壮大なテンポのクラシックに包まれた。扉を開けて右手にはガラス越しに調理場が見える。前にあるもう一つの押し扉を開くと、アンティークに囲まれた小世界が目の前に広がる。

築地という店名は、松竹で働いていた創業者が、新劇の「築地小劇場」にちなんでつけた。いまは3代目だが、この日はロマンスグレーのダンディな2代目が珈琲を入れていた。

「私は引退したんや。何にも話すことはない」から始まり、しばらくするとポツリポツリと「世の中気に入らん。けったいな世の中や。おかしくなっとる」と語り始める。築地の周りにあった老舗はどんどん潰れていっているという。昔は楽しかったとカウンターに手を置きながら、珈琲カップを手にとり、一口飲む。昔と今とで一番変わったことは何かと問うと、「人のハート」と、こぶしで胸を叩いた。

壁には100年前の時計や、あちらこちらに絵画や食器などが飾られている。クラシックはまるでそれらのアンティークと語り合うように流れている。馬車やランプがあったあの時代だからこそ書けた曲、200~300年経っても残る本物の曲をかけているという。

この店の内装も外観も、創業当時のまま残している。改装するのは簡単だが、維持していくほうが手間がかかるそうだ。新しい絵を買ってきてもかけるスペースがないので、一枚外して新しい絵をかける。でも、落ち着かないので、また外して元の絵を同じ場所に戻すことになるという。「40年前、この店でお見合いした人が、あの時と同じ場所に絵が掛けられていることにびっくりする」と頬を赤らませてはにかんだ。

人が年をとり、時がどれだけ流れても、同じモノが同じ場所にある。変わらないという、ただそれだけのことで、ハートが温まる。大切にしたい時間がここにはある。
 
 ウィンナー珈琲を飲み外に出た。新しいビルと古い建物で並ぶ河原町を歩くと、今出てきたばかりの築地が、なんだかとても恋しくなった。


築地



京都市中京区河原町四条
上がる東入る
075-221-1053
11:00~23:00 (夜10時以降入店可)
ランチ営業、日曜営業


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